3×8=24 【くだらないことを真剣に考える】

くだらないことを真剣に考えて、どーでもいいエッセイを、意味も無く書き続ける。

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元祖しゃちょう日記にて
ひろゆき氏がこんなことをおっしゃってました。


プライドのせいで頭が下げられないとか、
プライドが邪魔をして損をする人を見かけることはありますが、
プライドが低いせいで損をした人を見たことがありません。

結局、プライドってあるだけ無駄なんじゃないかと思うんですが、どうなんでしょう?




えーと、
プライドのせいで頭が下げられないとか
プライドが邪魔をして損をするというのは
結局、その程度のプライドだったのでは?
と、思うのですよ。


例え自分の負けを認めたとしても
それで自分が崩れ去るわけではないし
いやな奴に頭を下げなくてはならなかったとしても
それで自分が汚れてしまうわけではない。

嫌なことがあっても
それを踏み台にしてもっと高いところへ昇ってゆける
自分はこんなところでつまづく様な奴じゃない

そういう自分自身に対する信頼や尊敬の念を
自信、自尊心、あるいはプライドって言うんじゃないかと思うです。


プライドのせいで頭が下げられない、とか
プライドが邪魔をしてなすべきことが出来ない、なんてのは 
ただ意地をはっているだけの様にも聞こえます。
あるいは「プライド」という言葉を言い訳に使っているだけとか。
そんなプライド、あまりに安っちすぎるのではないか、と。



少なくともわたしはものすんごいプライド高いですけど
それで損したことなんかひとっつもありませんし。

つーか、わたしにとってプライドとか誇りってのは
自分の芯の部分に当たるもので、いわば背骨の部分ですから
「プライドが高くて、得をすることってあるんですか?」ってのは
「背骨が太くて、得をすることってあるんですか?」って言ってる様なもんで
損とか得とか、そういう問題じゃないんじゃない? とも思うのです。


それに、プライドが全く無いってのも結構淋しいもんだと思いますよ。
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