3×8=24 【くだらないことを真剣に考える】

くだらないことを真剣に考えて、どーでもいいエッセイを、意味も無く書き続ける。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
くだらないことを真剣に考えます。


『物を見る』ということは
細かく説明すると、その物の発している光が目に入るということ。

その光ってのはだいたいの場合、
見ている『物』そのものから出ているわけではなく
太陽や電灯から出たものが『物』にあたって反射されたもので
それがわたし達の目に入り、その光を通して色や形を識別し
目に映ったそれを『物』として認識するわけなんですが。


難しいですかね。


例えば、目の前にリンゴがあったとしましょう。
そのリンゴを見るということは、リンゴから出た光が目に入るということ。
太陽や電灯の光がリンゴに当たって、リンゴの表面で光が反射し
そしてその光がわたし達の目に入ってくるということです。
真っ暗闇の中では物が見えない (光が無いからね)
リンゴの裏側が見えない (裏面で反射した光はわたし達の目には届かない)
そういうのもみんな光の反射の関係と言えるでしょう。


光の反射といえば鏡。
鏡に映った自分の姿を見る、これも同じような説明が出来ます。
光が自分の体に当たり反射する → その光が鏡に当たり反射する
→ それがまた自分の目に入る、と。


こんな説明をして、何が言いたかったのかというと。

まとめます。
・「見る」ということは「光が目に入る」ということ
・目に見える物は全て、光を反射しているということ
・わたしたちの体も光を出して(反射して)いること


ということは。


わたしの体で反射した光が別の物体に当たった場合
わたしの光はその物体によって反射される。
そして反射された光がまたわたしの目に入ってきた場合
その物体は鏡としての働きをするのではないか。


そんな仮説を立て、
壁やら柿の木やら田んぼやら、そこら辺にあるものをじっと見つめては
そこに映ってるかもしれない虚像を見出そうとしていた若い頃のわたし。


それが無理だという理屈がわかったのは、結構最近の話。



気になって調べてみたんですよ。
太陽の光ってのは無色透明に見えても実はいろんな色がついてて
物体は自分の持ってる色(葉っぱなら緑とか)だけを反射し
それ以外の色の光は全部吸収しちゃうんですって。
つまり、赤いリンゴには青い服着たわたしは映る訳がない、と
そういう訳でした。 (参照:『ワクワクサイエンス』)


あー、くだらない。







あ、ちょっと待てよ。 ということは?
無色透明の水は色を吸収しないってこと??
だから光が当たると鏡みたいに物が映ったりするの?
今気づいちゃったょ、気になるなぁー。
教えて、偉い人!!
スポンサーサイト
コンビニが茶色い。


lwsn2.jpg

鮮やかな青がトレードマークのはずのローソンがなぜか茶色い



そーんなこと言っちゃってぇー!
実はローソンに良く似た偽物なんじゃないのぉー!?



なーんて思ってよく見てみるけど





やっぱり茶色い
lwsn.jpg

ロゴだってしっかり本物。








場所は栃木県那須町。
那須山の麓から中腹へ伸びる「那須街道」という道を走ると
こういった「茶色いコンビニ」が多く見られる。





この「コンビニ茶色化現象」はローソンのみに留まらず








セーブオンだってこの有様。
svon2.jpg

やっぱり茶色い





道路に面した看板広告だって茶色い
svon.jpg



しかも足元にはでかでかと「酒」


てか、この深紅の「酒」看板の方がよっぽど目立ってるじゃない。
ここは酒がメインなのかしら?
「ついでにセーブオンもやってます」みたいな?
「でもメインは酒なのよ」みたいな?

うーむ、わからん。








道をどんどん進むと








ファミリーマートも
fmm.jpg

やっぱり茶色い


その下にはやっぱり「酒」
この「酒」には何か意味がありそうですね。





そして更に進む。





と、





で、でたっ!!



コンビニの王様、セブンイレブン
svn.jpg

も、やっぱり茶色い。 つーか、どす黒い
プラス「酒」



目線を徐々に下にずらしていくと……





svn2.jpg

下の方にも更に「酒」
なぜっ!?


茶色のコンビニと酒は切っても切れない縁なのか。
前世から深く結びついた何らかの縁(えにし)があるのか。
その真相やいかにっ!?





と、その謎を解き明かすべくわたしの車はさらに進む。





すると……








あっ、やべっ、通り過ぎちゃった!!





というわけで、サイドミラー越し。
ja.jpg






これじゃわかんないよねぇー(-_-:)







これなんだけどさー。
ja2.jpg



ちょっとだけ引き伸ばしてみる。
ja3.jpg


JA-SS(ガソリンスタンド)なんだけど
わかんないよね、こんなんじゃ。

この看板も茶色かったのよね。


ん??


ガソリンスタンドの看板も茶色い??
さすがにガソリンスタンドには酒は置いてないわよねぇー?
てぇことは酒と茶色との関係は……。








なんて考えてるうちに更なる発見。





gst.jpg

茶色いガスト。

もちろん、ここにも「酒」の看板はありませんでした。

じゃぁ、わたしが思い描いていたような茶色と酒との関係は
小指と小指を赤い糸で結ばれた前世からの深い縁(えにし)は
「生まれ変わったらいっしょになろうね」っていう約……ゴホゴホッ。
話が思わぬ方向へ行ってしまいましたが。





もー、こうなったら誰かに尋ねるしかないわね。





というわけで地元の人たちに聞いてみました。
「あのー、なんで那須街道沿いのコンビニは茶色いんですか」


何人かの話を聞いたところ、いろんな説があるようですよ。
「それは奇抜な色の看板等で自然の景観を損ねないためだよ」

「この辺は大鷹の生息地だからね、大鷹の生態を守るために
 大鷹を刺激するような色は使わないことにしてるんだよ」


「那須高原には天皇の御用邸があるんですよ。
 それで天皇が那須街道をよくお通りになるので
 道沿いの店や看板は原色を避けるようにとのことなんだそうです」




ふぅーん、なるほどねぇー。
どれもこれももっともらしいお話です。
てか、酒なんて全然関係ないじゃんか、ちぇっ。
わたしの思い描いていた茶色と酒の夢のコラボレーションが…(しつこい)

で、結局のところどれが本当の理由なの?



どーしてもそれを確かめたくなって
役場に問い合わせちゃいました。

以下は那須町役場の観光商工課の方のお話です。


那須街道は国が指定する自然公園(日光国立公園)の区域にあるので、
自然公園法などにより、いくつかの規制を受けます。

広告物等については、
周辺の風致又は景観と著しく不調和にならないようにするため、
「こげ茶色、文字は原色を避け原則として白色又は黒色」という決まりがあります。

このような理由から、那須街道沿いの看板はこげ茶色になっています。




なるほどー。
でもね、今回ここに写真は載せてないんですが
JA-SS以外のガソリンスタンド(JOMO、Mobile等)の看板、
それから、那須街道を少し離れたところにあるホットスパの看板は
通常通りの色彩が使用され、こげ茶色にはなってませんでした。
それはどうしてなのかしら?

那須町役場の観光商工課の方は
そんな疑問にもあわせてお答えくださいました。


ガソリンスタンドの看板ですが、例外として
ガソリンスタンドの内部照明を用いた登録商標の広告物にあって、
営業敷地内に限り原則(コゲ茶色)が適用されないこともあります。



だそうです。
つまり、内側から光るロゴの看板を敷地内に置いておく分には
むりやり茶色くしなくても良いってことですね。


ふぅー、これでスッキリしましたね。
せっかく謎も解けてスッキリしたことですし
このムダ知識を片手に、那須へ遊びに来てみてはいかがでしょー。

(ご協力いただいた那須町役場のホームページはこちら



脚注:当記事冒頭のローソンは那須町のものではありません。
このローソンが何故茶色いのかは未調査です、すみません。

ついでにぶっちゃけると、
わたし、つい最近初めて普通の色のセーブオンを見まして
思わず「セーブオンが赤いっ!!」って騒いじゃいました(笑)
そこにはもちろん「バカじゃねーの? 当たり前じゃん」とのツッコミ。
えぇ、どーーーせ田舎ものですよっ、ふんっ!
コレは受け売りなんですが。

迷ったときは二択にするのがいいんだそうで。
『やるべきこと』と『こだわってること』の二択に。
こだわりってのは所詮はエゴに過ぎないらしく
そのこだわりを捨てると視野が広がるんだとか。
ただ、そこまでこだわってやってきたかどうかが前提になるんだけど、
との注意書きもありましたが。


そんなお話を聞いて、なるほどなーと思い
それからはあたしも二択方式を採用するんですが
なかなかどうして『こだわり』を捨てられなくて。

エゴが強いっちゃぁその通りなんですが
こだわりをスッパリ捨て去ることが『あきらめ』にも思えてきちゃって。


「お前はこれをやるべきだ」と他人に言われたことを
そのまま『やるべきこと』として選択肢に入れるのは嫌だし
『やるべきこと』にもある程度自分のこだわりを持ちたいし
そうすると『やるべきこと』と『こだわってること』の境目が曖昧になってきて
二択にするための選択肢が定まらない。

終いには、あまりに主観的になりすぎて
『やるべきこと』がなんなのかがさっぱりわからなくなってしまう
なんてことになっちゃったりするわけですよ。



そこであたしは、自分で自分の判断基準を設けました。
・自分で後悔しない方を選ぶ
・人のせいにできない方を選ぶ


そんなにエゴが強いなら
とことんエゴを突き通せばいいんですよ。
自分ですべてを背負う覚悟があるなら
それもありだと思ってます。 (むちゃくちゃだな)


思えば、今までそうやって生きてきた気がします。
おかげで、人生やり直したいと思うことはひとつもありません。
24歳、まだまだ突っ走ります。イヒヒ。
あたしね、遠恋に一番大切なのは相手を信じることではないと思うんです。

注:この話は机上の論であって、実体験にはあんまり基づいてません。
例えば、髪の毛を生徒に例えるとします。

ツルツルの坊主の状態から六年間、髪の毛を伸ばしたとします。
その六年分の長さをこれからもキープするとします。
そうすると、その人の頭は小学校(六年制)になるわけですよ。

根元の毛は生え始めたばかり、つまり入学したてのピカピカ一年生。
毛先の方は入学して以来六年もの間グングン伸び続けた六年生。
そしてこの学校では定期的に『散髪』という名の卒業式が催されるわけです。

つまり、何が言いたいのかというとですね。
様々な試練(カラーリングやパーマ)を乗り越えて成長してきた六年生である毛先を
もうちょっといたわってあげてもいいんじゃないかなぁー、と。
いくら枝毛になってるから、ちょっとくらい痛んでるからといって、
邪険に扱うのはやっぱりかわいそうだなー、なんてことを
トリートメントをしながらふと思った今日この頃。

あー、くだらない。
くだらないことを真剣に考えるのが好きなんです。

てなわけで、『卵が先かニワトリが先か』を真剣に考えて出した答えがこれ。
ニワトリに限って言うなら卵が先

その話を詳しく説明したところ、兄に反論されまして。
(注:この先はあたしの「卵が先説」を聞いたことがある人にしかわからないかも)

例えばカラスの産んだ卵から突然変異でニワトリが生まれたとしたら
その卵はニワトリではなくカラスのものなんじゃないかー、と。

カラスが産んだ卵なんだから、やっぱりカラスの卵だー
でも出てきたのはニワトリなんだから、卵そのものはニワトリだったんだー
と、しばらくぎゃぁぎゃぁ言ってました。


でも、そもそもの問題は『卵が先かニワトリが先か』であって
『ニワトリの卵が先かニワトリが先か』ではないので
それがカラスの卵だろうがニワトリの卵だろうが
結局のところニワトリはやっぱり卵から出てくるわけだから
やっぱりニワトリよりも卵のほうが先なのだと思うのですよ。


あー、くだらない。
ルシータ・トエル・ウル・ラピュタ
これが「ラピュタの正統な王位継承者ルシータ王女」を意味するなら
ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタの「パロ」ってなんだろ?

トエルが「真」なんだから
パロはやっぱり何かしら胡散臭い意味だよね、きっと。
というわけで、ちょっと推論してみました。

ラピュタの王家は地上に降りたときに二つに分かれたって言ってたけど
たぶんラピュタに住んでた頃から内紛の様なものは起こってたんじゃないかと思われます。
正統な王家(たぶんトエル家)と反対勢力(たぶんパロ家)とで反発しあって
衝突が激しくなった為、地上へ降りざるを得なくなったんじゃないかと。
あるいはラピュタの力を悪用しようとする反対勢力を阻止する為、地上の人々を守る為に
トエル家が身体を張ってパロ家を地上に引き摺り下ろした、とも考えられなくもないですな。

ということはやっぱり「パロ」の意味するところは
「反対勢力」「悪」「異端」とかそういうことかなーとは考えてはみたものの
反対勢力が自らを「悪党」「異端」などと名乗るわけがないので
ここはたぶん「新興勢力」「革命的」などの意味なのかなー、と。
どんなもんざんしょ。
ボルトってのは電圧の単位です。
電圧があるということは電流が通じてるということになるわけなんですが
瞳に1万ボルトもの電圧があるなら
目からビームが出ても不思議ではないのではないかと。

つまり。
君の瞳は1万ボルト
君に見つめられた瞬間に
その目から出たビームでボクの胸は焼け焦げた
と、こんな意味が含まれているであろうと思われます。
なんともステキな詞ですねー。さすがは谷村新司だわ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。